田舎バックパッカー
中川 生馬(なかがわ いくま)

後編:思い込みを捨てることで、生き方と働き方の可能性は大きく広がる

1979年生まれ、石川県鳳珠郡穴水町岩車在住。

地元・鎌倉市の中学校を卒業後、高校~大学時代をアメリカ・オレゴン州で過ごす。2001年に新卒でITスタートアップ企業に入社し、2003年に国内独立系最大手の広報代理店 共同ピーアール株式会社に転職。2007年より電機・エンターテインメントの世界大手企業ソニー株式会社にてコーポレート広報を担当。2010年10月、ライフスタイルの選択肢を増やすべく、日本の田舎/地方を中心に、テント・寝袋・自炊道具などを担いだバックパッカー旅を開始。以後2年半にわたり旅を続ける。2013年5月、能登半島・石川県の穴水町岩車に移住。現在は、「田舎への旅」と「田舎でのライフスタイル」の二つを軸に、田舎旅やライフスタイルの情報発信、都市部の人たちが能登の暮らしを体感できる「“ざっくばらん”な田舎ライフスタイル体験」の提供を行なうほか、東京のITスタートアップ企業、移住先・能登や静岡県の中小企業の広報サポート、地域活性プロジェクトサポートにもリモートワークで従事。また、ブログやウェブ制作、写真、執筆活動なども行なっている。移住先で自宅がある岩車の隣の地区穴水町川尻では、シェアハウス・サテライトオフィスなど多目的・多機能の「田舎バックパッカーハウス」、そこに併設で“住める駐車場”であり長期滞在可能な車中泊スポット「バンライフ・ステーション」も運営。現在、東京の“バンライフ”のCarstay(カーステイ)にフルタイム広報として関わりつつも、“手ぶら旅行”のflarii(フラリー)、静岡県島田市で幻のきのこ“はなびらたけ”を生産する大井川電機製作所、石川県輪島市では国産漆だけでアート作品をつくる“芯漆”の山崖松花堂などの広報も担当している( https://inaka-backpacker.com/blog/ )。

「田舎バックパッカー」として2年半にわたり日本各地を旅した末、現在は奥能登・石川県穴水町岩車で暮らす中川生馬さん。国が地方創生を掲げる何年も前から日本の“田舎”の魅力を発掘し、その情報を広く発信してきました。

その一方、会社員としてのキャリアをすべて捨てて旅に出たことにより、移住後は個人事業主としてゼロからの再スタート。東京で広報という対メディアの仕事でキャリアを積んできた中川さんは、都市部を離れた後、どのようにして仕事を“作って”いったのか。その際に必要なスキルやマインドはどのようなものだったのか。

後編では、移住後の仕事の作り方、移住に際してのアドバイスなどについて、お話をうかがいました。

移住後初めての仕事は、予想外にも広報の仕事

穴水町に移住後、フリーランスとしてどのように仕事を始めたのですか?

中川さん(以下、敬称略):移住して最初の仕事は、東京のスタートアップ企業スタディスト社の広報業務のサポートでした。会社員時代にお世話になっていた記者のつながりから、ご紹介いただきました。

移住前の僕は、「広報は現場にいないとできない仕事である」、「対メディアの仕事である以上、地方に広報の仕事は存在しない」と思い込んでおり、東京を離れたが最後、もう二度と広報の仕事をすることはない、できないだろうと思っていました。都会ですら、広報の仕事を知っている人は少ないですし、田舎では「広報とは、役場が配布する『広報誌』をつくっている人」と思っている人たちがほとんどだと思います。ところがそのスタートアップ企業のスタディストは、僕が能登に住んでいると知った上で、「それでもやってほしい」と言ってくれたのです。それから2年ほど関わらせていただきました。

その後、彼らが広報の価値を理解してくれて、最終的には社内に専属の広報担当を置くことになりました。結果として僕との契約は終了したのですが、移住した直後で「しばらく仕事はないだろうな」と覚悟していたところにいただいたお話でしたから、本当にありがたかったです。

リモートでも広報の仕事ができるということを、移住後すぐに身をもって体験されたのですね。その後はどのような仕事を?

中川:その後も、ありがたいことに複数のスタートアップ企業からお声がけいただき、当初の予想に反して初めからとても忙しく働くことになりました。

旅の途中で立ち寄った徳島の上勝町で知り合った方からもお声がけいただき、「もしまだ定住していなければノウハウを貸してほしい」とおっしゃっていただきました。既に移住はしていましたが、せっかくお声がけいただいた仕事、ぜひとも関わりたいと思い、移住早々、月の半分は徳島に行くという生活をはじめました。

当時すでに、ハイエースにワークスペースとリビングを搭載したワゴン車を”動く拠点“として活用する取り組みも始めていましたし、ちょうど妻が妊娠中で出産のために地元へ里帰りしていたこともあり、僕は一人、車で能登から徳島へ行き、最初の時期は上勝町ではアパートも借りずに車の中で仕事をしながら過ごしました。

2013年の時点では、おそらく最先端の働き方だったでしょうね。

中川:上勝町の皆さんが僕のライフスタイルを理解してくださっていたからこそ、不審に思われることもなく、そういう暮らしができたのだと思います。あまりの便利さに、当時はどこへでもそのワゴン車で行っていたので、移動距離は相当なものでした。能登と上勝町を行き来するだけにとどまらず、妻の里帰り先である青森にもときどき様子を見に行っていましたし、東京のスタートアップにも月に一度は顔を出していましたから。

ライフスタイルの体験サービスで地方創生を実現

田舎でのライフスタイルを実体験するというサービスも提供していらっしゃいますが、そのビジネスモデルを教えてもらえますか。

中川:企画やプラン詳細はすべて僕が組み立てて、実際の体験は現地の方々と連携して行なっています。農業体験ならこの人、酪農体験ならこの人、というように、分野別に多くの方にご協力いただき、地元の方々の収入にもつながるような仕組みにしています。海も穏やかなので、船を出して船上パーティーをすることもできますし、釣りや素潜りの体験も可能です。

現在は新型コロナウイルスの影響でなかなか開催できていませんが、リピーターとして何度も来てくださる方もいらっしゃいます。

素晴らしい。まさに地方創生ですね。

中川:「田舎には仕事がない」というのはよく言われることですし、移住したいと思ってもそこがネックになって決断できない人も多いと思うのですが、僕は「仕事がなければ作ってしまえばいい」と思っています。僕自身も、先ほどお話した広報のサポートや田舎体験の提供だけでなく、実際にはあらゆることを仕事にしていますから。

たとえば、ブログ運営で身に着けたスキルでWeb制作やそのコンテンツ作成も行なっていますし、旅を通して上達したカメラの技術を活用して写真の仕事もしています。近隣の方々のちょっとした悩みに対応することが仕事になることもあります。パソコンを買いたいけれど、どれを買ったらいいのかわからない。あるいは、パソコンを買ったものの操作の仕方がわからない。田舎には、子どもたちが都心に出てしまったためにそういった些細な困りごとの相談先がないという人も多いので、そういう声に応えることも立派な仕事になります。

僕だけでなく、妻も同じです。妻は東京でずっとネイルやエステといった美容関連の仕事をしていたのですが、そういうサービスは田舎に行けば行くほど存在しません。能登の女性たちがそれらの施術を受けようと思ったら、金沢まで出なければならない。逆に言えば、ニーズはあるわけですから、能登でサービスを提供すればお客さんは来るのです。

「仕事がなければ作ってしまえばいい」という前向きな気持ちで何にでも挑戦することが大切なのですね。

中川:田舎なので、ないものが多いというのは事実ですが、それは裏を返せば「ないものを作るだけでビジネスになる」ということでもあります。自分が持っているスキルを総動員し、すべての力を組み合わせて武器を増やすことが大切だと思います。

お客さんとの会話を通して、自分がまだ持っていると気づいていないスキルに気づかされることも多いです。広報の仕事で知り合ったメディアの方から、「この仕事ができるのなら、あの仕事もできるはず」とまったく別の仕事を依頼していただいたこともありますし、英語と取材のスキルがあるならばと、海外の著名人に取材依頼から現地で取材をする仕事もいただいています。

企業の経営戦略として「選択と集中」が挙げられることがありますが、何もないところから一人で仕事を作っていく過程では、「選択」などありえません。できることはすべてやって仕事につなげていく必要があると思います。

「田舎だから」という偏見を捨てることが、地方移住への第一歩

お話をうかがっていると、「自分も地方に移住できるかもしれない」と勇気がわいてきます。

中川:都市部では新型コロナウイルスの影響でリモートワークが普及していると思うのですが、たとえば「週に4日は在宅勤務、オフィス出社は週に1日」という働き方になった人であれば、出社日だけ事前に飛行機を予約しておけば地方在住でも問題なく働き続けられるのではないでしょうか。飛行機は日数に余裕を持って予約すればかなりの低額で乗れますし、僕が移住した穴水町含め能登9市町では能登空港の利用促進助成金制度が設けられていて、市民・町民に対して飛行機代の一部が助成されることになっていますから、さらに割安で利用できます。

家賃も都心に比べればかなり低く抑えられますし、僕が住んでいるような限界集落では、うまくいけば空き家を1~2万円くらいで借りられることもあるので、コストの面でも損はないと思います。

とはいえ、田舎に行けば行くほど「空き家の状況は地元の人しか把握していない」という状況はあるので、移住前にある程度は地元の人と親しくなっておき、相談しながら動く必要はあると思います。

既にできあがっているコミュニティに外側から入っていくにあたり、躊躇したり困ったりしたことはありませんでしたか?

中川:「よそ者は排除されるのではないか」という懸念に関していえば、おそらく都市部でも同様の構造はあると思っています。たとえば、自分が住んでいるマンションに新しい入居者が引っ越してきて「どんな人なのだろう」と警戒する、ということはよくありますよね。つまり、これは“田舎だから”生じる事態ではないわけです。

「田舎だからこういうことが起こるのではないか」、「田舎だからこういう人が多いのではないか」と考えすぎると動きづらくなってしまうので、移住を考えているのであれば、そういった考え方は捨てた方がいいと思います。

都市部にも地方にも変わった人はいます。僕が経験した三つの会社を思い返しても、どんなに小さな組織であってもそこに集まっている人たちの考え方は十人十色ですし、自分自身も他人から見れば変わり者かもしれない。そう考えると、自分が自分らしく生きていくためにも、できる限り偏見は持たずにいる方がいいのではないかなと思います。

シンプルかつ柔軟に、「できない理由」ではなく「やるための方法」を考える

先ほど、移住後初の仕事でリモートでも広報の業務ができることに気が付いたというお話がありました。今後、当時の中川さんと同様、これまで対面でしかできないと考えられていた仕事にもリモートで対応する場面が増える可能性がありますが、その際に大事なことは何でしょうか。

中川:難しく考えすぎず、ハードルを越えるための方法をシンプルに考えることが大切だと思います。

当時の僕も、初めは「仕事相手である主要メディアが東京にいる以上、遠隔でできることなどないのではないか」と思っていました。「メディアとの折衝活動は直接会わなければ絶対にできない」という思い込みをなかなか手放せませんでした。

とはいえ、依頼を受けた以上は期待に応えたい。せっかくいただいた仕事なのだから、「できない理由」を並べるのではなく、「やるための方法を考えなければ」と大きく気持ちを切り替えました。

すると、功を奏したのは結局シンプルなやり方でした。過去の自分が努力して積み重ねた経験や人脈が消えたわけではないので、東京の取材現場には行けなくても、電話やメールでレクチャーしたり、現場スタッフの方々に指示を出したりすることはできる。ミーティングに直接参加することはできなくても、スマホでつないで立ち会うことはできる。そうやって一つずつ問題を解決して、どうしても必要な場合は飛行機で出向けばいい。今の世の中、さまざまなテクノロジーがあるので、工夫次第で何とでもなると思います。

柔軟な発想が大切なのですね。

中川:仕事に限らず生活全般についても、それは大事なことだと思います。たとえば、北陸は冬の日照時間が極端に短いので、毎日晴天が当たり前の太平洋側で暮らしてきた人が北陸に移住してきた場合、人によってはその天候の違いで精神的に落ち込んでしまうことがあります。

しかし、だからといって移住自体をやめる必要があるかといえば、そんなことはない。冬の間は旅に出て別の場所で暮らすこともできるわけですから。何事も考え方次第だと思います。

今回のコロナ禍で、働き方改革もこれまで以上に加速化していくと考えられます。そういった臨機応変な対応はますます重要になってくるでしょうね。

中川:これからは個々人のリモートワークだけでなく、本社機能も都市部である必要がなくなってくるでしょうし、もっと言えば、たとえば“自社ビル”という概念すらなくなるかもしれません。地方は空き家も多いですし、土地もたくさん余っているので、働く場としても地方がどんどん活用される時代になるといいなと思います。現在、広報を担当している会社Carstay(カーステイ)は「自身のオフィスや生活空間はクルマと共に動いていてもよし!」とし、僕自身にものすごく合致した考えのスタートアップ、今やそのような企業ですら存在する時代です。

とはいえ現実的には、コロナ禍を過ぎればまた元の生活に戻る人がほとんどなのではないかとも思っています。毎日会社に通うという以前のライフスタイルの方が落ち着くという人もいるかもしれませんし、上司や組織がリモートワークに前向きでないというケースもあるでしょうから。

その意味でも、僕自身としてはこれまで同様、「田舎への旅」と「田舎でのライフスタイル」という二つの軸で、情報の発信や現地体験の提供を続けていきたいと思っています。もちろんコロナウイルスが収まった後の話になりますが、現在住んでいる能登だけでなく、日本の他の地域や海外にも足を延ばし、田舎の魅力を幅広く伝えていければいいですね。

前編:「ライフスタイルの選択肢を増やしたい」という思いが募り、2年半にわたる旅に出た

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