旅館しらさぎ
女将
熊野 幸代(くまの さちよ)

前編:地元に人がいないなら全国から集める!旅館女将の斬新な地域活性アイデアとは

和歌山県白浜町の椿温泉にある旅館「しらさぎ」の女将。1954年創業という老舗旅館の長女として生まれる。旅館経営の傍ら、地元を盛り上げるためさまざまな企画プロデュースに取り組んでいる。 若女将19年、女将として2年目。

※役職は、インタビュー実施当時(2021年2月)のものです。

 

椿温泉 しらさぎ◆

http://www.tsubaki-shirasagi.jp/

和歌山・白浜温泉の奥座敷とも呼ばれる椿温泉を味わえる旅館「しらさぎ」。海抜60mの太平洋を望む展望風呂と、地元の旬な魚介料理を堪能できる。

椿温泉は江戸時代から近畿有数の「湯治の湯」として知られ、PH9.9という強アルカリ天然温泉は最近美肌の湯として女性客の人気も高まっている。しかし一方で、旅館数減少などの課題に直面。「日本一女将のいる宿」としてサポート女将を全国から集めるなど、女将の斬新なアイデアで地元を盛り上げ、地域の再建を図っている。

コロナ禍で多くの地方企業が苦境にある中「今こそチャレンジするとき!」と新たなプロジェクトに取り組むのが、和歌山県の椿温泉で旅館を営む女将、熊野幸代さん。熊野さんは「日本一女将のいる宿」を目指し、全国から「サポート女将」を募集して旅館の活性化を一緒に考える企画を立ち上げました。

全国の女性たちに協力してもらったことで、予想以上の効果があったと言います。現在は次の企画に向けて、副業人材活用にも取り組み始めている熊野さん。前編ではサポート女将の企画を立ち上げたきっかけや、うまくいった理由について伺いました。

地元で人が足りないなら、日本全国から想いに共感してくれる人を集めればいい

サポート女将を全国から集めるというのは、新しい発想ですね。どういったきっかけで企画したのですか?

熊野さん(以下、敬称略):椿温泉は江戸時代から湯治で知られる温泉地ですが、全盛期に20件ほどあった旅館が今は6件まで減っています。女将の数も減っていく中で、なんとか地元を盛り上げたいという想いは以前からずっとありました。

ただ地元だけでは人が足りない。そこで地元にこだわらず、日本全国の女性にサポートしてもらってもいいんじゃないの?と考えました。新しいことを何か始めるなら、同じ女性の仲間を作りたいと思っていました。私もそうですけど女性って「なんとかなるやん」みたいな感覚があって、苦しい時でもポジティブでいられる気がします。地元かどうかより、私の想いに共感してくれる人と一緒に動き出したい!と思って。それなら日本全国から女将を募集したらどうかな?と考えたのがスタートでした。

日本全国の女性がうちの旅館をサポートしてくれたら、すごく強みになりますよね。どうせなら日本一を目指そう!と思って、「日本一女将のいる宿」というキャッチコピーにしました。どのタイミングで動き出そうかなと思っているとき、思いがけず新型コロナウイルスの猛威に直面してしまいました。

旅館の経営において、やはり新型コロナウイルスの影響は大きいのではないでしょうか?

熊野:旅館は2か月間休業しましたし、お客様は本当に減りました。せっかくお客様に来ていただいても詳細がはっきりしない感染症ということもあって、こちらもお客様もお互いぎこちないムードでしたね。本来ならお客様にゆっくり過ごしていただけるはずの空間なのに、これでは旅館のあるべき姿じゃないなと思い悩んでいました。

でもこの時期に気づかされたこともありました。当旅館は湯治目的のお客様がメインなのでリピーターの方が多いのですが、休業中に常連の方々からたくさんの応援をいただいたんです。励ましのお手紙やお電話、手作りマスクを送ってくださる方もいらしたり…。お客様が私の心を支えてくださいました。

そこで気づかされたんです。こういう困難を乗り越えるには、人と人とが助け合うことが一番大切!と。背中をポンっと押された気分でした。「今動かないでいつ動くのよ!」と奮起して、それからサポート女将の募集をはじめました。

クラウドファンディングも活用、職業も年代も多彩なサポート女将が9名誕生

コロナ禍で人とのつながりの大切さをあらためて感じたというのは、とても共感します。どんな方法で全国からサポート女将の人材を募集されたのでしょうか?

熊野:今回は第1弾の企画として、サポート女将と一緒に旅館の新メニューを考える「釜めしプロジェクト」に参加しませんか?という形で募集しました。告知はホームページとFacebook、あとは椿温泉のある白浜町の有志で行なったクラウドファンディングも活用しました。これはオンラインマップを作るための寄付を集める企画なのですが、寄付の返礼品のひとつとして「サポート女将体験」を設けました。これをきっかけに参加してくださった方もいます(クラウドファンディング詳細はこちら)。

クラウドファンディングで寄付をした上に、さらにサポート女将としても参加するというのはすごい熱意ですね。実際にどんな女性の方々が集まったのでしょうか?

熊野:最終的に9名の方が参加されています。和歌山の方もいらっしゃいますし、東京や大阪など都市部の方もいらっしゃいます。“この指とまれ”のように、私の想いに共感してくださった方が、「何か力になりたいです」と集まってくださったんです。サポート女将といっても、女将が本業というわけではなく、職業もさまざま。だからこそ、出てくるアイデアも違っていて面白いんです。

また、サポート女将の皆さんに椿温泉や湯治の良さを知っていただき、周りの人に伝えてもらいたいという想いもあります。昔は椿温泉の湯治客というと主に地元の方々でした。農業や漁業を営む地元の皆さんが、仕事が終わった後に温泉で疲れを癒していたんです。

ただ最近は、湯治のスタイルも大きく変わっています。都市部で働く方が、身体だけではなく心を癒す目的で湯治にいらっしゃる。でも働き盛りの若い世代には、まだ湯治になじみのない方が多いですよね。そのような皆さんこそ湯治が必要だと思うんです。特に今はコロナ禍でストレスをためている方も多いと聞きますが、実際にお客様から「椿温泉に来てゆっくり過ごしたら、仕事で無理していたことに気づけた」というお話を伺ったこともあります。

最近は、企業のリモートワークの導入が急速に進んでいます。リモートワークだと一人で仕事をしていると、心の疲れに気づきにくいかもしれません。

熊野:コロナ禍の今こそ、湯治のよさをもっと発信したいですね。でもやはり私ひとりでは限界があります。どうすれば湯治のよさをわかりやすくシンプルに届けられるのか悩んでいましたが、今はサポート女将が心強い存在になってくれました。

嬉しかったのは、東京や大阪などいろいろな地域の方がサポート女将になってくれたこと。まさに、「湯治のよさを私が届けたい!」と思っているターゲットにすごく近い方々だったんです。今後サポート女将の皆さんから家族や友達、同僚など周りの人々に湯治のよさが伝わってくれたらと願っています。メディアを通じて広く伝えることももちろん大切ですが、人から人へ伝える力は大きいですね。より深く伝わるはずです。

外部の人とプロジェクトを進めたら、旅館スタッフのやる気が予想以上にアップ

サポート女将の皆さんは、ボランティアという形で参加されているのですか?

熊野:今回はボランティアとして参加いただいています。でも、旅館にとってプラスになるだけではなく、サポート女将の皆さんにもプラスを生む取り組みにしたい。例えば、釜めしプロジェクトに参加し、完成したときに「私やったわ!」という達成感を味わえるような。自分の生活に張りを持たせたり、ちょっと日常が輝きだしたり、そういうことにつながればいいなと思います。旅館もサポート女将も幸せになる、そんな関係性にしたいと思っています。

この釜めしプロジェクトでは、オンラインミーティングを3回行なう予定です。コロナ禍で直接会うことはできないのでオンラインになりましたが、オンラインだからこそ全国から参加していただけたのかもしれません。現在2回目を終えたところですが、いろんな意見やアイデアをもらえて刺激になっています。

熊野さんの旅館では、すでに看板メニューとして人気の釜めしがあります。今回はさらに新しい商品を作りたいという想いなのでしょうか?

熊野:今回サポート女将の皆さんに当旅館の釜めしをご自宅へお届けし味わっていただいたのですが、同じように「こんなにおいしいのに、新しい釜めしが必要なんですか?」という声があがりました。

実は、新しい釜めしを作ること自体がこのプロジェクトの目的ではないのです。現在お出ししている釜めしは、先代の料理長と前社長が旅館の名物になる逸品として試行錯誤したもの。旅館の名物とお客様に言っていただけるようになるまで、長い月日がかかっています。

そんな釜めしはまさに当旅館の顔。今回はそれに代わるものではなく、それに「並ぶもの」を作るというチャレンジなのです。椿温泉を盛り上げたい、湯治の文化を継承したいという想いを共有してくれるまったく新しい人材と共に、大切な釜めし作りに挑戦してみようと思いました。

新しい釜めしの開発を外の人に任せることは、私たちにとっても大きなチャレンジです。任せるということは、その人を信頼することですよね。想いに共感してくれる外の人と信頼関係を築くことは、これからの湯治宿を経営していく上でも絶対に必要。それこそ一番大事な経営方針になっていくのではないかなと思っています。

なるほど。実際に「釜めしプロジェクト」を立ち上げてみて、実感している効果はありますか?

熊野:確実に従業員のやる気が上がっていますね。やはり「サポート女将」という、想いに共感してくれた人たちの協力があることが大きいと思います。「幸せの味」をプロデュースするというのが今回の釜めしプロジェクトのテーマなのですが、うちの料理長は最初ピンと来ていなかったようです。「幸せの味ってどんなもの!?」と言っていました。

でも実際に動き出していろいろな意見やアイデアをもらうと、楽しくなってきた様子です。今日も自分なりの「幸せの味」で釜めしを作っていましたから。私もこの変化にはびっくりしています。料理長に本音を聞いてみたところ、「最初は正直うーんという感じだったけど、今は協力してくださる方々に感謝しているし、新しいものを一緒に作りたいと思っている」そうですよ。

 すでに旅館の運営に、良い効果が表れているわけですね。

熊野:あとはメディアのみなさんが取り上げてくださるというのも、従業員のやる気アップにつながっています。世の中に認められていると感じるのでしょう。本当にありがたいと思っています。 

サポート女将の企画を立ち上げたときも新聞に載せていただきました。記者の方とは以前からお付き合いがあって、「女将さんのやることなら取材します!」と言ってくださったんです。こういうときも、人とのつながりって本当に大切だなと感じました。

キーワードは「人」だと思っています。従業員も、お客様も、サポート女将の皆さんも、メディアの方も巻き込んでいけば、人の熱量が増えていろんなことが乗り越えられる。だからこれからも人とのつながりを大切にしていきたい。地方だとどうしても人の輪に限りがあります。でも今回の経験で、手をいっぱい広げてみたらつないでくれる手は色々なところにたくさんある!と気づかされました。

コロナ禍の影響は深刻。でも新しい人とチャレンジできる今の仕事が一番楽しい

外部の方にプロジェクトに参加してもらうことで、外部から見た視点だからこそ地元のよさがわかるみたいなこともありましたか?

熊野:外部の視点はとても大事です。私自身、以前女将の修行をするために一時期東京にいましたが、その時あらためて地元のよさに気づきました。

それから地元に帰り、まず「海の色が毎日こんなに違うんだ」とか、「風の音が季節ごとに変わる」といった、目の前にずっとあったはずのものに気づかされました。都会に出たことによって、そういう視覚や嗅覚、聴覚などの五感がすごく研ぎ澄まされたんです。地元にずっといると気づけないんですよね。そしてこれこそが外部の人たちが求めているもの。

でも、私が「椿温泉は本当にいいところよ」とどんなに言っても、どうしても伝わりづらい部分もあります。親が子どもを無条件にかわいいと思うような、内輪の話に感じられてしまうでしょう。

でも以前、南紀白浜空港の岡田社長が講演されたとき「椿温泉っていいところですよ」と言ってくださったんです。こういうお話を聞くと、「空港の社長さんが言ってくれるくらい椿温泉って魅力があるの?」と地元の人が気付きます。

外部の方に客観的に言っていただけると、今までやってきたことは間違ってなかったんだ!と私たちも前向きになれます。走り出すエネルギーをもらった感じでしょうか。もうそれからはアクセル全開です!

今後の展開もすごく楽しみですね。釜めしプロジェクトは第1弾ということでしたが、次の企画もすでにお考えですか?

熊野:サポート女将の企画は「釜めしプロジェクト」だけではなく、湯治の文化を本当に必要な人に届けたいという想いがあります。だから次にやりたいのは「ワーケーション湯治」なんです。和歌山は最近ワーケーションに力を入れていますが、私は椿温泉ならではの湯治を組み合わせたい。すごく親和性が高いと思っています。

でも第2弾とか第3弾の企画を進めるにあたって、経営者としてどう戦略を立てていけばいいのかという悩みがありました。そんなとき、南紀白浜空港の岡田社長に副業人材を活用する方法を教えていただき、プロジェクトを一緒に取り組んでくださる副業人材を募集しました(※現在募集受付終了。詳細はこちら:https://www.skill-shift.com/jobs/7861

正直、旅館の経営としてはコロナ禍で今とても厳しい状況です。売上を見ると泣きたいぐらい、本当に大変。でも、新しい方々と出会い新しいチャレンジができることがすごく楽しいです。今までの仕事の中で一番ワクワクしています!

<後編:地方がチャレンジするなら新しい出会いが必要!想いを共有できる人は全国にいる>

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